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この会話はただの情景の説明である。
誰かの記憶でも録音でもない。
いわば小説のようなものだ。
指示の通りに手紙を聞き終えそれを渡す。
軽く目を通したのち彼はその軽そうな口を開いた。
「私は偽物が好みでね。メロンソーダだったりブドウガムだったり本物の名を冠するが本物から離れている。なんなら別物であるあれらがたまらなく好きでね」
「偽物の桜坂家である私への慰め?それとも嘲笑?」
死の際だからなのか手紙のせいか。病室で話す時よりも自分が出てくる。
「偽物を好く人間だって多くいる。それが偽物であると認識できている人間はどれだけいるのか。」
私の軽蔑交じりの質問に答えたのかも分からないように話を続けた。
「芸術や武具だってそうだ作り手も違えば再現といえるかもわからない技術で作られたレプリカのほうが認知が広いことだってある。」
偽物を語る彼の眼は訪れた時の狂ったような濁濁った目とは違い何か遠くのそれこそ自分がこれから作り出す私の偽物、偽物の偽物を見ているようだった。
「私が偽物について語り始めた時君は慰めなのかと聞いたね?それを答えよう」
先ほど答えのように話した言葉が答えではなかったの。
「ただの自己肯定だよ。君が異様に生まれにこだわっているようでね。まるで偽物を作る私を否定してるようだった。」
「否定するつもりはないわ。ただ本物を期待された偽物はあなたが話した通りにはならないってこと。」
自覚していたつもりだったがそれでも自らこの言葉を放つのは苦しかった。
「それでは初めから偽物であると気づかせなければよいのだろう。君が病室でそうだったように。それでは時間だ。今世にお別れだ。」
病室で私が何を隠していたのか。私すら知らない何かを話し始めたがもう遅い。最期の言葉にしては少々歯切れが悪いが私の体も朽ち始めている。呼吸すら少しずつつらくなっている。ひとこと、この言葉を残していこう。
「それではまた後で」
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